Seven Years in Harvest #9
- Senshu Harvest
- 2025年12月26日
- 読了時間: 6分
いよいよ明日は Final Session です。私の活動を今井相談役が教育PROのリレーエッセイで、素敵にまとめてくださったので、最後にこちらをご紹介したいと思います。今まで本当にありがとうございました。明日、皆さんにお会いできることを楽しみにしています。
綿毛を飛ばし続けてHarvestを迎える
1. Harvestで自律主体的な自分を取り戻す
関西英語授業研究会Harvestは、いつ、どこで、どんな学びの機会に出会うかが予測できない、参加してはじめてわかる偶発的な「学びのたまり場」であり、教育に関わる人たちが、「学びの楽しさ」を取り戻したいという思いをもって集まる「ホームパーティ」的な研究会である。2022年以来3年間参加してきた私には、2018年に泉州英語授業研究会として始まり、コロナ禍の時期のオンライン活動期の変容を経て、現在のような形に至る研究会の変遷・歴史を捉えられていないのが正直なところだし、私の参加の立場が、当初「講師」や「相談役」という外部・周辺的な立場だったため、自らの教育実践(=自分ごと)を他者と語り合い、「自分ごと」を学び高める対象をとする本研究会のアプローチを私自身が実践できていなかった。Harvestの中核的な意義を実感できたのは、Winter Session 2023で多くのセッションに参加し、会の最後に参加者全員に私自身が学んだことをプレゼンし、それに対してコメントをもらえた時、ようやく一人の参加者として、他の参加者の言葉で私自身の教育実践を語ってもらって「自分ごと」を深く理解できた時だった。
緩やかでオープンな組織体制を維持しながら、研究会参加者たちの議論が新たなアイデアやテーマを生み出し、次の開催時期や方法が決まっていくのがHarvestのやり方だったと言える。変化・変容することで新たなことを生みだしていく、どこか生き物感があるHarvestのアプローチが私自身の「自分ごと」として生活の一部になって以来、勤務先や学会などの所属組織の目的や規則や常識にとらわれることをやめ、「学びの楽しさ」を生きる軸にするようになった。

2. Harvestの中核的な価値
実際に研究会を牽引してきた人たちのご努力を思うとやや失礼なたとえになるが、Harvestの活動は、まだ小学校に上がる前の幼い頃に、初めて出会った近所の子たちと夕暮れまで夢中で遊んで、帰る頃には「明日も遊ぶ?」「なにして遊ぶ?」と話しあい、自然と友情を育んでいった経験にどこか似た「遊び」Playfulnessがあるように思える。実際にHarvestで知り合った多くの先生とは、授業実践者・研究者としての面だけではなく、もっとお互いのパーソナルな面を知るようになったり、共通の話題(最近はもっぱら大阪関西万博2025だった)について情報交換して盛り上がったりして、職業上のつながりを越えた全人的な人間関係を持つようになった。Harvestがその活動を「ホームパーティ」「フェス」に例えるのは、(1) 教育に関わる多様な人々が、校種や職種の垣根を越えて共に学び合える「越境」の機会を作り、それによって自らの実践や知見を「綿毛」のように広げていく開放的な関係性、(2) 誰と出会うか、なにが起こるか、どこに行き着くかやってみないとわからない即興性とplayfulnessがあること、これらの持ち味からくるのではないかと思う。
学会、教育界に目を移すと、同種の研究団体が並び立ち、互いがともすれば閉鎖的で競合的になることが起こりがちで、若い世代の人たちはそういった閉塞感に対して距離を置いたり改革したりしている。Harvestでは、「彼我の差」(三人称的関係)を感じさせることなく、「我と汝」の相互的関係(二人称的関係)を開放的で流動的な組織の中で生み出すことで、会の意義や価値観を示してきた。マルティン・ブーバーの提唱する「我と汝」の相互的関係を作り出し維持・発展されることは容易ではなく、ともすれば厳しい感情労働をもたらすことになる。学校内での同僚関係の維持の難しさを想像してもらえたらわかりやすいと思う。Harvestでは、各自の職場から一旦離れる「第三の場、The third place」を作りだし、そこを開放的で流動的にすることで、より多くの人たちが交流し合い、苦しいと思えば離れることができるようにした。そのような時間と空間を、形や方法を変えながら継続的に生み出し続けたHarvestの運営メンバーたちの貢献は、大変意義深いものだったとあらためて思う。

3. Harvestは収穫を終えてどこへいく
その「学びのたまり場」もあらかじめ決められた活動期間の終了をまもなく迎える。この間、異なる分野からの多くの参加者が、それぞれの立場や考え方の違いを越えて「第三の場」に集まり、授業の改善や、その時々の教育課題を「媒介ツール」として交流することで、「自分ごと」としての学びを高めてきた。その歴史・記録は、Harvestのウェブサイトにも狩野先生の言葉と写真で記録され、本誌『教育PRO』においても、2021年4月号を皮切りに30人を超える参加者たちが綴った、それぞれの教員生活の物語として掲載され、読み続けられている。これらの豊かで貴重な「収穫」を残して、Harvestは2025年12月27日に解散を迎える。解散しなくても、方丈記にあるように「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」で良いではないかと惜しむ声もあろうと思う。特定の人たちが運営者として牽引することなく「もとの水にあらず」で流れていくことが難しい現実を踏まえて活動期限を区切った考え方にも理解と共感を覚える。自然の力にゆだねて流れていける水とは異なり、人間は各々が意思と共に行動するので「自然の力」にゆだねられない。人々の異なる意思と行動に、一定の方向づけや意味づけをすることで、集団の熱量を維持しながらまとまりや秩序を作ろうとするならば、そう導く工夫が必要になる。ルールだけで縛れば熱量と秩序のバランスが崩れ、やがて萎んでいく。Harvestの皆さんは、参加する他者に予見なく接し、傾聴しあう互恵性や利他性を自らの役割(ロール)とすること、その役を演じ・成ること(これもplayfulness)で、参加者の熱量と集団としての秩序のバランスをとりながら、創造的で楽しい集団としての学びに向かう方向づけを行ってきたのだと思う。自然の力とは異なり「人間の力」は有限である。これまでHarvestを牽引してきた、松山代表をはじめ、事務局、支部長の皆さんのこれまでの利他心に対して深い敬意をもって、Harvestの解散を、各々が次の「第三の場」に向かうスタートとして祝えたらと思う。
解散するのに形を変えてまた続くことについて思いを巡らせる中で、上述のような見解に至ったのは、私がエンゲストロムの活動理論に傾倒している背景とともに、大阪関西万博で福岡伸一氏の「いのちの動的平衡館」を訪れた時に「Harvestもこれかな」と考えた経緯を、遊びplayfulnessの証として付記したい。
プロフィール:
鳴門教育大学、兵庫教育大学で准教授として、現職教職員大学院生と学校教育研究を17年間続け、2013年から関西大学外国語学部教授。現在、関西大学外国語学部長、外国語教育学研究科長。2025年9月から中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会外国語ワーキンググループ主査代理。Harvest には2022年初参加の新参者。
Session 1は無料・Session 2 & 3 は参加費が必要です
ーHarvest Final Session 2025ー
2024年12月20日・27日(土)
-#1 Learning Session- 第32回大会「デジタル教材勉強会」
大阪私学会館・麴町学園女子・ハイフレックス形式
-#2 Get-together Session- 交流・ディスカッション・Harvest解散式
-#3 Fledging Session - Party Time!
関西大学梅田キャンパス & cafenne




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